職場の雰囲気を壊し、周囲の退職の原因になっている社員を見ると、「もうクビにしたい」という気持ちになるのは自然です。
しかし、裁判例を見ると、パワハラが疑われるケースでも、いきなり懲戒解雇まで踏み込むのは非常にリスクが高いことが分かります。
ある社会福祉法人の事件では、多数の退職者と匿名投書、第三者委員会による調査を経て懲戒解雇したにもかかわらず、裁判所は「パワハラとは認められない」として解雇無効、1,700万円超の支払いを命じました。
ある大学の事案でも、部下の退職や精神疾患を伴う深刻なハラスメントが認定されたものの、「悪質性が高いとまではいえない」として懲戒解雇は無効と判断されています。
これらの判決が示すメッセージは明確です。
「パワハラが疑われるから即解雇」は通らず、行為の内容・回数、過去の指導歴や懲戒歴、本人の反省状況などを丁寧に積み上げたうえで、なお雇用継続が困難と言えるレベルでなければ、懲戒解雇は認められません。
では、周囲が次々辞めてしまうような社員に、会社はどう向き合うべきでしょうか。
ポイントは、「認識の歪みを修正しながら、合意退職へと導く」という発想です。
たとえば、新人いじめを繰り返すベテラン事務員のケースでは、本人は「厳しく指導しているだけ」「あれくらいで辞める方が悪い」と本気で考えていました。
この状態で「あなたのせいで人が辞めているから退職してほしい」と伝えても、納得せずに争いになるリスクが高くなります。
そこで、まずは公正なハラスメント調査を実施し、被害者だけでなく周囲の職員からも広くヒアリングを行い、具体的な言動を事実として積み上げます。
そのうえで、「あなたの行動が職場にどのような影響を与えたか」「会社としてこれ以上は容認できない」ということを、本人にきちんと理解させていきます。
こうして認識の歪みが修正され、「会社の対応は本気だ」と伝わったタイミングを逃さず、一定の退職金や会社都合扱いなど条件を提示しながら、退職勧奨による合意退職を目指すのが現実的な解決策です。
実際に紹介されているクリニックの事例でも、このプロセスを踏んだ結果、ベテラン事務員は自ら退職届を提出し、円満退職に至っています。
パワハラや新人いじめの問題は、「一人を切るかどうか」だけの話ではなく、残された人たちが安心して働ける職場を取り戻すプロジェクトでもあります。
感情に流されて即解雇に走るのではなく、調査と説明のステップを丁寧に踏んだうえで、会社と本人の双方が納得できる着地点を探ることが、結果的に一番の近道になるのではないでしょうか。