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残業は“麻薬”?ー昭和と令和に通じる働き方の落とし穴ー

残業は“麻薬”?ー昭和と令和に通じる働き方の落とし穴ー

昭和50年発行「残業”日本的”功罪を洗う」からまず引用を・・・

【残業料に追われる】
 これと並んで指摘しなければならないことは、残業収入が「麻薬的」性格を帯びていることだ。すなわち、一度多額の残業収入の味を覚えるとその味がなかなか忘れられず、再び多くの残業収入を追い求めるようになる。いいかえれば、臨時的な残業収入を「恒常的」なものにしようと試みるようになる。金銭のトリコになるわけだ。はじめは、突発的異常事態のたんなる結果ないしは報酬として与えられた残業収入であるが、やがてはそれを獲得すること自体が目標となる。そして、多額の残業収入を得ている同僚や仲間をウラヤむようになる。
 ベースアップや定期昇給によって本給が増額しても、残業収入の魅力を捨て去ることができない。はじめから残業収入を当てにしているから、残業収入がなくなるといいようのない物足りなさを感じ寂寥感にとらわれる


「残業収入が麻薬のようにクセになる」「残業がないと物足りない」
今でも決してないとも言いきれないテーマの一つだが、すでに半世紀前から語られている。現在は働き方改革の流れで長時間残業ができなくなっていることから、特定の業種ではこの問題が顕著に出てきています。

 改めて思いますが当時も今も、結局は「なんのために働くのか?」という問いが置き去りにされてきているように感じます。お金のために働く、これももちろん大事。でも、お金のために身体を壊したり、人生の時間をすり減らすような働き方は、本当に幸せだろうか?またその労働に顧客への貢献という視点は有効に機能しているのだろうか?

 今は“働き方改革”という流れの中で、長時間労働は抑制されています。だからこそ、これからの時代は「どれだけ働いたか」ではなく、「どう働いたか」「どう生きたいか」が問われると感じます。

もし給料が減ることだけが問題であれば、たとえば、残業が少なくてもしっかり成果を出す人を評価する制度設計が、労働時間を減らす役割を果たすかもしれません。

昭和も令和も、共通する悩みですね。
尽きない悩みと思えば、現状にあまり落胆する必要はありません。

じっくりと「今の働き方」を見つめ直すことが大切だと感じます。

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